耐性菌について。今ある薬が効かなくなるってホント?

なぜ、勇者が初めて遭遇する敵は必ずスライムで、勇者のレベルが上がるにつれて、強い敵が出現するようになるのか。

抗菌薬と細菌にも、同じような関係性が見て取れるのではないでしょうか。今回は、学習ログとして、耐性菌についてまとめたいと思います。

耐性菌の誕生

フレミングによって発見された抗生物質、ペニシリンは、第二次世界大戦中に、多くの負傷兵を感染症から救うこととなりました。ペニシリンはβラクタム構造を有し、これが細菌の細胞壁にあるペニシリン結合タンパク(PBP)に結合し、最終的に溶菌を生じさせる、ということは前回まとめました。

しかし、生きとし生けるものは、生存のためにあらゆる戦略を編み出します。細菌たちも例外ではありません。

抗菌剤のある体内、つまり細菌にとって毒のある環境において、細菌は、生きるために細胞壁を厚くしたり、素早く毒を細胞膜から排出する機能を獲得したり、有害な物質を分解する機能を獲得したりしたものが生存競争において生き残ることとなります。

ある細菌は、ペニシリンのβラクタム構造を分解する酵素を獲得することで、生き残るように進化を遂げました。ラクタム系抗生物質を加水分解する酵素を、βラクタマーゼといいます。

βラクタマーゼを有する細菌に対しては、βラクタマーゼ阻害剤というものが開発されています。

しかし、細菌は寿命が短く、生存条件により短時間で増殖するものもあるので、人間の進化のサイクルよりずっと早く進化します。こうした細菌の素早い進化が、細菌に薬剤耐性を持つように進化することを容易にしています。

下の映像は、抗菌薬に対し耐性を獲得した細菌が徐々に繁殖していく様子を示しています。

細菌の適応進化は、いわば不可避の自然現象なのです。

なぜ抗生物質は病気が治っても飲みきらなくてはならないのか

抗生物質は、病気が治っても飲みきってくださいとお医者さんから言われますね。それは、体内に残った菌を完全に殺すことで、耐性菌が繁殖しないようにするためのものなのです。

抗菌薬を飲んだ体内では、多くの菌が死滅しています。もし、その中でとある菌が抗菌薬に対する耐性を獲得した場合、競合する他の菌はもうすでにいないため、薬の効かない細菌が空いた分のスペースで繁殖して増大してしまうという恐ろしいことが起こる可能性があるのです。

世界に広がる薬剤耐性菌 抗生物質が効かなくなる日より

さらにやっかいなのが、薬剤耐性菌は、人から人へ、人から環境へと拡散してしまいます。

もう病気が治ったから必要ないといって自己判断で抗菌剤の服用を中止すると、自分の体内どころか、ひいては世界中に、抗菌薬の効かない耐性菌を撒き散らすことになってしまうのです。

もっとも身近な例の耐性菌は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus、MRSA)です。

抗生物質メチシリンに対する薬剤耐性を獲得した黄色ブドウ球菌という意味ですが、実際は多くの抗生物質に耐性を示す耐性菌です。

これは、主に院内感染により発生する細菌です。抗生物質と細菌に多く触れている人は、感染する機会が多くなります。

私が蜂窩織炎になったときに最初に抗生物質を処方されましたが、その効きが悪かったため、お医者さんに「医療関係者ではないですよね?」と尋ねられました。それは、別に私の見た目がナースっぽいからというわけではなく、MRSAに感染しているから、処方している抗生物質が効かないのではないかという恐れがあったからです(検査の結果、MRSAではありませんでした)。

耐性菌の進化は実は楽じゃない

また、前回、βラクタム系以外に、グリコペプチド系抗菌薬であるバンコマイシンという別の作用機序をもった抗菌剤もあるということをまとめました。これは、βラクタム系とは違って、直接ペプチドグリカンの前駆体D-ala-D-alaに結合するというものでした。

そのため、MRSAに対して効果があると言われてきましたが、これに対しても耐性を持つバンコマイシン耐性ブドウ球菌が発見されています。

しかし、このバンコマイシン耐性菌は、現在数十件のみが報告されているのみだそうです。

なぜMRSAのように爆発的に増えていないのかというと、耐性遺伝子にはコストが伴うということです。正常な環境では必要ないものを持つというのは、進化においてコストが掛かります。

抗菌薬のない正常な環境において、細胞壁を厚くしたり、毒の排出を早めたり、毒に対する分解作用を持つように進化すると言うことは、余分な機能を有するので、増殖が遅くなります。多くの細菌にとって、素早く繁殖することが最大の戦略になりますので、これが不利に働きます。

ビーチに行くのに多くの人は水着を着ていきますが、雪が降るかもしれないからと言って砂浜の中をコートを着て歩くようなものですね。

しかし、適した環境を与えられた場合、細菌はあっという間に繁殖しますので、安心はできません。

耐性菌と創薬との関係は、常にイタチごっこです。耐性菌を克服するための新しい抗生物質が開発され、さらにその抗生物質も効かない耐性菌がでてくるという、人間と細菌との終わりなき戦いが見えないところで起きているのです。

しかも現在、抗生物質が効かない耐性菌の出現により、かつて容易に治療できたありふれた感染症が多くの命を奪う事態が現実化しつつあるというのです。

薬の効かない世界

ペニシリンは、ペニシリン耐性菌に対抗すべく、セフェム系、カルバペネム系と、構造を変えて進化してきました。

しかし、そのカルバペネム系抗菌薬に対する耐性を獲得した菌が発見されてしまいました。この細菌をカルバペネム耐性腸内細菌科細菌CRE:Carbapenem resistant enterobacteriaceae)といいます。これはほとんどのβラクタム系抗菌薬に対して耐性を持つということにとどまらず、市場に流通しているテトラサイクリンなど他の作用機序を持った抗菌剤全てに耐性を備えています。

CREは、腸内に住む細菌であり、カルバペネムを分解する酵素を有します。カルバペネムを分解する酵素をカルバペネマーゼといいます。この酵素をコードしている遺伝子は、主にプラスミド上に存在しています。

プラスミドとは、染色体から独立して自立的に複製を行う、環状のDNAのことで、個体間を行き来することができます(この構造を利用して、遺伝子導入のベクターに使用されるのですが、これは別の機会に記事にしたいと思います)。

そして、このプラスミドにより、腸内細菌にいる他の菌種にまで水平伝達されてしまう可能性があるのです。

米国ではこの耐性菌は10年間で7倍に増加し、年間9000人の患者が発生しているそうです。日本でも年間数百人の報告があるとのことです。

カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)はなぜ問題なのか

また、抗生物質は患者のためでなく、全体の80%が食肉用の家畜に使用されている、という衝撃のデータもあります。成長促進用に抗生物質が家畜に乱用され、抗生物質漬けの食肉が出来上がる、というわけです。

つまりそれは、あなたが病気でもそうでなくても、知らず知らずに抗生物質の支配下にある、ということを意味しています。

製薬会社のパラドクス

薬というのは、開発して承認に至るまで多くの年月を要します。人体に関わることなので、これは仕方ありません。しかし、抗生物質の場合は、投資に対するリターンがようやく得られるころに、耐性菌が出現してしまうといった皮肉な結果になりかねません。そのため、採算が取れないという理由で、大手製薬会社のノバルティスは17年、ファイザーは11年に、抗生物質部門を売却しています。

以下のグラフは、アメリカで新しく承認された抗菌薬の件数のグラフです。右肩下がりであるのが見て取れます。

AMR臨床リファレンスセンターより

儲からない薬は作らない、というのはビジネスの基本であるかもしれません。しかしながら、CREの出現と増加数の伸びは喫緊の課題です。そのため、アメリカではGAIN法(The Generating Antibiotic Incentives Now Act of 2011)が施行され、耐性菌に効果のある抗菌薬を開発した企業には、独占期間を延長することが認められているそうです。

日本でも、感染症に関する学会(日本感染症学会、日本化学療法学会、日本環境感染学会、日本臨床微生物学会)が創薬促進検討委員会を立ち上げ、企業や行政と連携して、新しい抗菌薬の研究開発を促進する仕組みを作っています。

まとめ

なんだかまとめているうちに、壮大で恐ろしい話になってしまいました。いつか抗菌薬の効かない世界が現実のものとなるのかもしれません。しかし、私たち消費者ができることは、正しい知識のもとに、適切な用法で抗菌薬を服用することにより、この恐ろしい未来を少しでも遅らせることができるのではないかと思います。

二項対立というのは、絶えず揺らぎを伴いながら、共に進化していく宿命のもとにあります。細菌と人間はどこで合意点を見いだしていくのでしょうか。

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