前々回は、地球には可視光線の他にいろいろな波長を持つエネルギーが降り注いでいること、その中でも紫外線のA波とB波があること、また、それぞれが異なる波長をもち、それらがどのように肌に影響するのかをまとめました。
・波長が短いためエネルギーが強い。
・波長が短いため影響を受けるのは表皮まで。
・表皮のサンバーン、基底層のメラノサイトに働きかけてサンタンを引き起こす。
・波長が長いためエネルギーはB波より弱い。
・波長が長いため真皮まで到達する。
・真皮のコラーゲンを破壊し、しわやたるみの原因となる。
それでは、このような紫外線の弊害から肌を防御するために、化粧品ではどのようなアプローチがとられているのでしょうか。
今回は日焼け止めについてまとめてみました。
日焼け止めの種類
日焼け止めには、アプローチの仕方が異なる2つの物質が配合されています。
紫外線防御素材として大まかに分けると、以下の通りになります。
1.紫外線吸収剤
2.紫外線散乱剤
「紫外線吸収剤」は、その名の通り、紫外線を熱に変換したりして吸収してしまうものです。主に有機物質からなります。
「紫外線散乱剤」は紫外線を反射します。主に無機物質で構成されており、粉末状の金属酸化物が使用されています。
私たちの普段使っている日焼け止めには、このように、素材も作用も異なる物質が組み合わされて、紫外線をブロックしているのです。
では、紫外線吸収剤からみていきたいと思います。
紫外線吸収剤とは?
日焼け止めに紫外線吸収剤として配合されている、主な有機化合物としては以下のものが挙げられます。

↑メトキシケイ皮オクチル

↑サリチル酸オクチル

↑フェニルベンズイミダゾールスルホン酸
ご覧の通り、いずれもベンゼン環を含む構造となっています。
ベンゼン環は、二重結合が一つおきに連なった構造(「共役二重結合」、「共役系」ともいいます)をしています。
この構造が実に面白い働きをします。
ベンゼン環の話の前に、結合に関わる電子の話をしなければなりません。
原子は、陽子と中性子と電子からなります。そして化学的な結合には電子の存在が大きく関与しています。ざっくりまとめると、あらゆる化学反応は電子のやりとりなのです。
電子の存在は、ここにある、と指し示すことは出来ません。確率でしか表すことができないのです。電子の存在確率は波動関数で表され、これを電子軌道といいます。
そして、
電子の存在確率が同じ位相の場合は結合性軌道、
電子の存在確率が異なる位相の場合は反結合性軌道
といいます。

図はこちらからお借りしました→https://kusuri-jouhou.com/chemistry/homo.html
結合性軌道は、分子同士が結合しやすい軌道、反結合軌道はそうでない軌道ということです。
似たもの同士が仲良くなる、という感じでしょうか。
反結合性軌道には、電子が全く存在しない「節」という部分があります。電子が存在しないというのは不自然な状態なので、不安定な状態といえます。
ベンゼン環は、この節があるか/ないかの組み合わせがいくつあるかで何通りかの形態を取ることが出来ます。
以下の図を見てみましょう。
同じ共役系の1,3-ブタジエンの軌道の例を示しています。

隣同士で色が互い違いになっているところは、異なる位相であることを示しています。そうすると、状態としていくつかの形を取ることがわかります。
また、節が増えるごとにエネルギーが高くなる、つまり不安定になることがわかります。
ベンゼン環では、光のエネルギーを吸収すると、この軌道の段階が上がって高いエネルギー状態となります(これを励起状態といいます)。
励起状態ののち、熱や蛍光などのエネルギーを放出して、もとの自然な安定の状態(これを基底状態といいます)に戻ります。
このとき、基底状態の一番高いエネルギー状態を最高占有分子軌道(HOMO:highest occupied molecular orbital)といい、励起状態の一番低いエネルギー状態を最低非占有分子軌道(LUMO:lowest unoccupied molecular orbital)といいます。すなわち、光のエネルギーの吸収はHOMOからLUMOに励起されるときに起こるということです。
これがベンゼンを含む有機材料が紫外線吸収剤として使用されるゆえんです。
もちろん、ベンゼン環を付けただけの化合物では紫外線吸収剤として機能することは出来ません。皮膚に付けるものなので毒性の有無も関係してきますし、他の配合物と容易に化学反応を起こしたり、光によって成分が変化したり、汗や皮脂によって反応してしまうものでは商品として成り立ちません。
また、化合物によって得意な吸収帯が違うので、これらの化合物をうまい具合に組み合わせることが重要であると言えるでしょう。そしてそのあたりに工夫を凝らしたものが特許になっています。
ベンゼン環って、面白いですね。私たちの皮膚に塗られた日焼け止めには、このようなメカニズムが働いていて、励起状態になったり基底状態に戻ったりの繰り返しで光エネルギーを吸収してくれているんですね。かわいいやつだと思いませんか?
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