爪周囲炎ではなく、蜂窩織炎だった件
少し前に、病院を変え、大学病院の皮膚科の先生に足の指の腫れを診断して頂きました。前回は爪周囲炎と診断されましたが、こちらでは蜂窩織炎(ほうかしきえん)と診断されました。「爪周囲炎の重篤なバージョン」だそうです。
新しい病院でも別の種類の抗生物質を処方され、服用は続けましたが、それにもかかわらず膿がでてきて表皮が腫れ上がり、痛みが出てきました。足の親指というのは、脂肪や骨があるので、血流に乗った抗生物質が届きにくいのだそうです。
そのため、麻酔をして切開排膿をし、毎日、針のない注射器で切開した傷口からきれいな水を流して膿を洗浄するという、わりとプリミティブな治療を受けることになりました。これは傷口にプラスチック針をつけた注射器をぐりぐり押し込んで水を流すもので、端的に言うと痛かったです(泣)。
その後、痛みに耐えたおかげなのか徐々に症状が落ち着いてきたため、抗生物質の服用を止め、アミノグリコシドという抗生物質入りの塗り薬を塗布すること二週間。このまま終息するかに見えた私の蜂窩織炎ですが、恐るべきことに、また膿が出てきてしまったのです。
これでまた抗生物質&注射器で傷口の洗浄の日々に逆戻りです。泣きそうです。しかし、先生のお話だと、こういうことはよくあるとのこと。もっとひどい場合は、点滴で抗生物質を高濃度で投与しながら、絶対安静で入院する方もいるそうです。
ということで、治療にはまだ時間がかかりそうです。みなさんも、どんなに忙しくても体調管理には気を付けましょう。ただでさえ酷暑の毎日です。免疫が落ちると日和見菌が悪影響を及ぼしてしまいます。
しかしながら、このような体験をすると、菌にまみれたこの世界で何事もなく生きるって、奇跡なんだなーと思わずにいられません。免疫システムってすごいですよね。知らず知らずのうちに細胞たちが私たちの体からこのような有害な菌や微生物を排除してくれているのですから。
抗生物質と抗菌薬の違い
さて、今回は、抗菌薬(抗生物質)についてまとめてみたいと思います。
まず、抗生物質と抗菌薬の違いから触れていきたいと思います。
抗生物質と抗菌薬は、どちらも感染症の治療薬として使用されているものですが、「抗生物質」は、病原体を殺す作用をもつ薬の中でも「微生物が作った化学物質」を指します。例えば、抗生物質の代表格であるペニシリンは、アオカビ由来の化学物質です。
一方、「抗菌薬」とは、人工的に作り出された化学物質を指します。しかし、現在では、抗生物質や人工合成された化学物質を全て含めたものを指すようです。
ゆえに、狭義の抗生物質というのは、微生物由来の化学物質のみを指しますが、抗菌薬は抗生物質を包含する、という関係になっています。

以下、「抗菌薬」として話を進めていきたいと思います。
抗菌薬には、いくつかの系統と、いくつかの作用機序を持ちます。
系統としては、主なもので
・グリコペプチド系
・マクロライド系
・アミドグリコシド系
・ニューキノロン系
などがあり、こちらは主に分子構造の違いによる分類になります。
前回、抗生物質(抗菌薬)は、細菌にしか効かないということについて触れました。抗菌薬とは、人間の細胞にはなくて、細菌の細胞にあるもの―例えば、細胞壁など―をターゲットとして破壊するものを指します。これを選択毒性といいます。
そのような作用機序としては、大まかに言うと、
・細菌のDNA生成を阻害するもの
に分けられます。
それでは早速、βラクタム系から見ていきましょう。
βラクタム系抗菌薬とは?
βラクタム系には、ペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系の抗菌薬が含まれます。
ペニシリンは、イギリス人医師フレミングにより発見された、言わずと知れた世界初の抗生物質です。フレミングは、ブドウ球菌の培地のなかに入ったカビの胞子が、その周りにあるブドウ球菌の発育を阻害していることに気づき、アオカビの培養液をろ過したものの中に抗菌物質が含まれていることを発見しました。ペニシリンとは、アオカビの属名であるPenicilliumにちなんで名付けられたものです。そしてその後、第二次世界大戦で多くの戦傷兵の命を助けることとなり、「20世紀で最も偉大な発見の一つ」と称されるほどになりました。
ペニシリンの分子構造は、四員環のβラクタム環と、ヘテロ五員環、および側鎖で構成されています。この構造を持つ抗菌薬を「ペニシリン系」といいます。

上の図は、ペニシリンの構造式になります。図中、赤の部分がβラクタム環、それに接しているS(硫黄)のついた五角形の部分がヘテロ五員環、Rが側鎖を表します。この赤い部分のβラクタムが、細菌の細胞壁の合成を阻害して、増殖を阻止することとなります。
ここで一旦、前回の細菌の構造をおさらいしてみましょう。
細菌は、グラム陽性菌とグラム陰性菌に大別され、その細胞壁は、それぞれが厚い/薄いはあるものの、どちらもペプチドグリカンという、ペプチドと糖でできたもので構成されているということでしたね。
細胞壁を構成するペプチドグリカンの前駆体は、タンパク質D-アラニル-D-アラニン(D-ala-D-ala)という物質です(「D」は、セラミドの鏡像異性体について書いた記事の通り、アミノ酸のD体を意味しています)。そこにペニシリン結合タンパク(penicillin-binding protein:PBP)が作用して架橋したものがペプチドグリカンです。
D-ala-D-alaと、ペニシリンを見比べてみると、非常に似通った構造をしています。

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ペニシリンを投与すると、このような両者の類似性のため、ペプチドグリカンが生成される際に、本来ならばD-ala-D-alaと結合するところを、間違ってペニシリンのβラクタム環がPBPに結合されます。すると、PBPが失活し、ペプチドグリカンの合成が阻害され、細胞壁が薄くなります。細胞壁が薄くなると、外液との浸透圧の差から細胞内に外液が流入し、最終的には溶菌を起こして死滅します(溶菌とは、細菌の細胞が細胞壁の崩壊を伴って破壊され、死滅する現象のことです)。それにより細菌の増殖を阻止するのです。
このように、人間の細胞にはなく、細菌の細胞にある「細胞壁」を壊すことで、人間の細胞に害を与えることなく、細菌の細胞のみにダイレクトに作用して増殖を阻害する、という基本的な抗菌薬の作用がご理解頂けたかと思います。
βラクタム系のもう一つの系統、セフェム系は、ペニシリン系抗菌薬のβラクタム系のとなりのヘテロ五員環が六員環になったものです。
先ほどのペニシリンと比較してみましょう。

上がペニシリン系、下がセフェム系になります。
βラクタム環のとなりのヘテロ環が六員環であることが確認できますね。また、六員環となることで、ペニシリンの側鎖(左側のR)とは別に、六員環に別の側鎖(図中のR1のところ)に多様な物質をつけることが可能になります。セフェム系で有名なものは「セファロスポリン」です。
カルバペネム系の構造はというと、こちらになります。

カルバペネム系では、R1、R2、R3と、側鎖がさらに増えているのがわかります。
セフェム系もカルバペネム系も、ペニシリン系と同様βラクタムがありますので、作用機序はペニシリンと同じです。
グリコペプチド系抗菌薬
また、ペプチドグリカンの合成を阻害するという点で同じなのが、グリコペプチド系抗菌薬になります。代表的なものに「バンコマイシン」があります。
バンコマイシンは、ペプチドグリカン前駆体のD-ala-D-alaと強く結合しすることで細胞壁の合成を阻止します。

図を見て頂くとお分かりの通り、バンコマイシンとβラクタムとの相違点は、バンコマイシンはD-ala-D-alaと直接、しかも複数のサイトで結合するというところです。
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