富士フイルムの特許を読んでみた。-SASPとクロマチン構造についてもまとめてみた。

老化によって、何が細胞に起こっているのか

前回は、前知識として細胞老化のメカニズム、特に細胞周期に重点を置いてまとめてみました。今回も、幹細胞コスメに関する富士フイルムの特開2018-52879を参照してまとめていこうと思います。

この特許によると、以下の成分により幹細胞の老化を防ぐということが開示されています。

アスタキサンチン
ニコチン酸トコフェロール

そして、これらの有効成分の入ったものが、効果的に細胞老化を抑制しているかを確認するために、以下の遺伝子の発現を確認しています。

p21
p16
γH2AX
IGFBP-4
IGFBP-7

そして、上記の2成分によりこれらのタンパク質の発現が抑制されることで、幹細胞の細胞老化が抑制できると結論づけられています。

今回は、細胞が老化するにあたってどのようなことが細胞に起きるのかを、上記の遺伝子(p16、p21、γH2AX、IGFBP-4、IGFBP-7)について解説しながらまとめてみようと思います。

以下、それぞれ見ていきましょう。

細胞周期を止めるp16とp21

p16とp21については、サイクリンとCDKの複合体を不活性化する2つの経路ということで、前回まとめました。

p16とp21の経路を抑制することで、細胞周期のサイクルをストップさせることなく細胞を増殖させることができるというわけですね。サイクリンとCDKに関しましては、詳しくは前回をご覧下さい。

富士フイルムの幹細胞コスメを読んでみた。ー細胞老化とは何か?

本開示によりますと、それぞれが、

ニコチン酸トコフェロール:細胞老化の経路のうちp16が関与する経路を抑制する効果に優れている。
アスタキサンチン:細胞老化の経路のうちp21が関与する経路を抑制する効果に優れている。

ということです。つまり、それぞれの有効成分、アスタキサンチンおよびニコチン酸トコフェロールにより、細胞周期を止める2つの経路を同時に抑制するため、幹細胞の細胞老化をより効果的に抑制することができるのです。

富士フイルム、細胞老化の抑制が期待できる独自成分「ナノアスタキサンチンCP+」を開発

アスタキサンチンは強い抗酸化作用を持つカルテノイドであり、ニコチン酸トコフェロールは、ビタミンBとEの誘導体なので、どちらも優れた抗酸化作用を持っています。これらの優れた抗酸化作用により、細胞老化が抑制されるということですね。

富士フイルムの人気商品、アスタリフトのあの赤い色は、アスタキサンチンに由来する色素なのです。

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アスタキサンチンについてはなかなか面白い構造と特徴を持っているので、次回まとめてみようと思います。

SASPとIGFBP

老化した細胞は、ただ単に細胞周期を停止しているだけではありません。

細胞老化を起こした細胞は、DNA損傷応答を通じてNF-κBを活性化させ、炎症作用や発がん促進作用を有するサイトカインケモカイン、細胞外マトリクス分解酵素(マトリックスメタロプロテアーゼ)などの様々な因子が分泌されます。

そしてこのような現象を細胞老化随伴分泌形質SASP:Senescence-Associated Secretory Phenotype)といいます。

細胞老化と慢性炎症

NF-κBというのは、ストレスや外線等の刺激により活性化され、免疫反応において中心的役割を果たす転写因子の一つです。細胞の核内に移動して、炎症性の情報伝達物質の発現を誘導する働きをします。

サーモフィッシャー・サイエンス

サイトカインケモカインなどの情報伝達物質については、メラニン生成メカニズムの際にまとめましたのでよろしかったらこちらをご覧下さい。

メラニン生成-細胞間のコミュニケーション

マトリックスメタロプロテアーゼというのは、細胞外マトリックスを分解してしまう酵素です。細胞外マトリックスはコラーゲンやプロテオグリカン、エラスチンなどから構成されるものでしたね。オタマジャクシの変態において尾が吸収される過程に関与する酵素として発見されました。

本明細書で開示されているIGFBP-4IGFBP-7というのは、SASPで分泌される様々な因子のうちの1つになります。

IGFBPは、IGF Binding Proteinの略です。このIGFというのは、インスリン様成長因子のことで、細胞分裂に必要な有糸分裂誘発などの反応を引き起こす成長因子のことを意味しています。主に肝臓で成長ホルモン(GH)による刺激の結果分泌される物質で、各組織の細胞を分裂、増殖することを助ける役割を果たしています。

日本農芸化学会

IGFBPは、名前の通りIGF(インスリン様成長因子)に結合することで、IGFの働きを阻害します。つまり、細胞増殖や分裂を阻害して細胞老化を誘引する因子ということになります。

DNA損傷の分子マーカー、γH2AX

γH2AXは、細胞老化を引き起こすDNA損傷が起こっているかどうかを確かめるための指標として知られています。

γH2AXについて説明するために、まず、染色体の構造から説明しなければなりません。

ヒトのDNAをまっすぐに伸ばすと、およそ2 mに達します。しかし、これを数ミクロンの核のなかに収納するためには特別な構造が必要となります。そのためDNAは、ヒストンと呼ばれる球状のタンパク質複合体に巻きつけられる形で存在しています。

ヒストンは

・ヒストンH2A
・ヒストンH2B
・ヒストンH3
・ヒストンH4

がそれぞれ2分子ずつ集まって8量体を形成しています。この8量体ヒストンにDNAが巻き付いたものをヌクレオソームと言います。

そしてこのヌクレオソームがリンカーDNAによってつながり、らせん状に積みかさなった状態をクロマチンといいます(こうしたヌクレオソームの構造のことをクロマチン構造といい、繊維のようになっていることから、クロマチン繊維とも称されます)。

このクロマチンがさらに折りたたまれたものが染色体になります。

https://slide-share.ru/cellular-level-of-organization-191967#

しかし、ヒストン8量体のおよそ5個のうち1個では、ヒストンH2Aと少しだけ構造が異なる(アミノ酸配列が少し長い)ものが含まれており、これをヒストンH2AXと呼んでいます。

ヒストンH2AXは、DNAが切断されると、その切断部位を中心に、リン酸化と呼ばれる化学修飾が起こるという特徴があります。そのリン酸化されたH2AXがγH2AXと呼ばれています。γH2AXの数は、1つのDNA切断に対して、およそ2000個あると言われています。

労働安全衛生総合研究所

なぜヒストンH2AXがリン酸化するのかはまだ完全には明らかになっていないようです。しかし、DNAダメージにより二重鎖切断が生じるとH2AXが必ずリン酸化されるため、こうした因果関係からDNA二重鎖切断のマーカーとして使用されています。

まとめ

特開2018-52879における、細胞老化に関する因子についてまとめてみます。

p16、p21:サイクリンとCKDを阻害(細胞周期を止める)
γH2AX:DNA損傷の指標として使用されている因子
IGFBP-4、IGFBP-7:SASPにより分泌される、細胞老化を誘引する因子

今回は、細胞老化により誘引されるSASPと、DNA損傷マーカーであるγH2AXにちなんで染色体のクロマチン構造についてまとめてみました。

次回は、アスタリフトを特徴づける、あの赤いジェリーの色素、アスタキサンチンについてまとめてみようと思います。


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