今回は、富士フィルムの幹細胞コスメの特許を取り上げてみようと思います。
富士フィルムといえば、写真フィルム事業からヘルスケア関連事業へと、華麗に転身を遂げたメーカーとして有名です。ジェリー状美容液「アスタリフト」は発売4年目で売上高100億円を突破するほどの人気です。
今回は、そんな富士フィルムの特許、特開2018-52879を解説していきたいと思います。
前回の資生堂の幹細胞コスメの特許では、ヒドロキシプロリンを使用して、幹細胞を未分化なままで自己複製能を維持しながら、組織の再生を実現するというものでした。
こちらの特許では、幹細胞の細胞老化にフォーカスしたものになります。
今回は、細胞が老化するメカニズムについてまとめてみたいと思います。
細胞の老化について定義する
細胞老化(cellular senescence)とは、細胞が分裂を停止し、増殖できなくなった状態が不可逆的に引き起こされることをいいます。
細胞老化には、テロメアという細胞の分裂回数を制限する染色体の末端にある構造が短くなることによって引き起こされる分裂寿命と、テロメアの短小化を伴わずに引き起こされる早期細胞老化の2つの種類があります。
早期細胞老化のうち、外因的および内因的なストレスによって引き起こされるものを特に、癌遺伝子誘発性細胞老化(OIS:Oncogene-induced premature senescence)または、ストレス誘導性細胞老化(SIS:Stress-induced premature senescnece)といいます。
以下の図は、分裂寿命と早期細胞老化のSISをわかりやすく示した図になります。

テロメアの長さは限りがありますので、これによる老化は生きとし生けるものにとって避けられるものではありませんが(テロメアを伸長する物質も研究されてきているようですが、それは後ほど)、では、テロメアが尽きる前に細胞に老化をもたらす早期細胞老化とは、どのように引き起こされるものなのでしょうか。
外因的および内因的なストレスとは、DNAの損傷により引き起こされます。そのようなストレスは、DNA障害と呼ばれ、例としては
・酸化ストレス
・放射線(紫外線など)
・がん遺伝子の活性化
などが挙げられます。

このような条件が重なることにより、DNAの複製限界を迎える以前に細胞の老化が始まってしまうのです。
細胞には、DNAのテロメアの限界が来てしまったり、DNAに損傷を受けたりすると、増殖をストップさせて損傷の程度を確認し、傷を癒やすのか、そのまま死に至らしめるのか(アポトーシス)を確認するという機能があります。そのような機能は細胞周期にあるチェックポイントというものによって行われます。これは、ガン化した細胞の増殖を阻止したり、修復不能なほどダメージを受けた細胞を排除するために備わった機能でもあります。
そして、今回読んだ特許は、後者の早期細胞老化にアプローチするためのものになります。以下、細胞を分裂し複製していくサイクルである、細胞周期とチェックポイントについて詳しく見ていきたいと思います。
細胞周期とは
細胞周期というのは、細胞の増殖のサイクルのことです。細胞周期には4つの決まった順番の期(フェーズ)が存在します。これらをそれぞれG1期,S期,G2期,M期と呼びます。

S期(Synthesis phase) :DNAが複製される。
G2期(Gap 2 phase) :成長期。細胞分裂の準備をする。
M期(Mitosis phase) :細胞分裂を行う。
G0期(Gap 0 phase) :増殖休止期(増殖能力維持しながら休止している)
CDKとサイクリン
細胞内には
・サイクリン依存性キナーゼ(CDK:cylcin-dependent kinase)
・サイクリン
から成る複合体があり、細胞周期を進めるエンジンの役割を担っています。CDKとサイクリンは、
S期の開始 : サイクリンEとCDK2
S期の通過 : サイクリンAとCDK2
G2期の通過 : サイクリンAとCDK1(Cdc2)
M期の開始 : サイクリンBとCDK1(Cdc2)
というように、CKDが特異的なサイクリンと結合後に活性化することで、G1期からS期、G2期からM期への進行が進んでいきます。

各サイクリンは、細胞周期の各フェーズで新たに合成され、分解されます。そして、サイクリンが分解されないと次のステップには進めない条件となっています。このようなサイクリンの性質が、細胞周期を不可逆的に進行させることとなるのです。
DNA損傷チェックポイント
細胞周期の進行は、各段階にあるチェックポイントで監視されています。
チェックポイントには、複製に必要な材料があるかどうかを確認するものや、複製が完了しているかを確認するもの、染色体が正常に分配されているかを確認するものなどがありますが、DNA損傷をチェックするチェックポイントは、特にDNA損傷チェックポイントと呼ばれており、各フェーズに1つずつ設けられています。

チェックポイントの種類としては、以下のものがあります。
染色体分離チェックポイント(M期終期)
DNA損傷チェックポイント(G1期、S期進入時、S期、M期進入時)
DNA未複製チェックポイント(M期進入時)
このDNA損傷チェックポイントでは、前述のようにDNAに損傷があった場合、ゲノムの恒常性を保つために、損傷の激しい場合は細胞周期を停止することで十分な修復の時間を確保し、また修復不能な場合はアポトーシスを誘導するように判断しています。
そのような機能はp53およびp16という転写調節因子が関係しています。
p53とp16
まず、DNAが損傷するとp53が活性化されます。p53は、p21というCDKを阻害するタンパク質(CDKインヒビターともいいます)を発現させ、サイクリンとCDKの複合体に結合し、不活性化します。
CDKの複合体が不活性化すると、細胞周期のサイクルが動かなくなり、細胞増殖が止まります。つまり、損傷を受けたDNAの複製が阻害されるというわけです。
p53はまた、細胞増殖を止めている間は、DNA修復酵素を活性化しDNAを修復します。そして、修復不可能なほどDNAが損傷している場合は、アポトーシスを誘発し、そのDNAを排除するという機能も持ち合わせています。

p53の機能をまとめてみます。
(2)損傷を受けたDNAを修復する
(3)DNAが修復不可能な損傷を受けた場合はアポトーシスを誘導
p53は、このように、細胞内でDNA修復や細胞増殖停止、アポトーシスなどの細胞増殖サイクルの抑制を制御する機能を持ち、重要な役割を持つことから「ゲノムの守護者」と呼ばれています。この遺伝子による機能が働かないと、がんを抑制することができないため、がん抑制遺伝子とも呼ばれています。
p16は、p21と同じようにCDKインヒビターとして働く因子です。p53とは異なったアミノ酸配列をもち、p53はサイクリンとCDKの複合体に作用しますが、CDKにのみ作用して細胞周期を停止させるといった違いがあります。
このように、細胞周期を止め、細胞の増殖を止めるにはp53からの経路とp16からの2つの経路が存在しています。

図のRbタンパク質というのは、細胞の増殖に重要な多くの遺伝子類の発現を調節している転写因子であるE2Fを抑制するタンパク質です。
Rbタンパク質は、
・CDK2とサイクリンEによるリン酸化
という2段階のリン酸化を受け不活性化し、E2Fから解離します。E2Fが活性化すると細胞周期サイクルが回り出します。
しかし、p53からのp21と、p16との働きを受けて上記のCDKとサイクリン複合体が作れなかった場合は、Rbタンパク質は活性化してE2Fを抑制しますので、細胞周期サイクルは止まったまま、ということになりますね。
まとめ
長くなりましたので、今週のまとめです。
・細胞は、細胞周期にしたがって細胞を複製している。
・細胞周期は、CDKとサイクリンの複合体がフェーズごとに合成・分解を繰り返し、不可逆的に進行する。
・細胞周期のフェーズごとに細胞周期を促進するか停止させるかを判断するチェックポイントが存在し、DNAを損傷した場合のチェックポイントをDNA修復チェックポイントという。
・DNA修復チェックポイントでは、p53とp16による経路により、CDKとCDKの複合体を阻害して、細胞増殖を抑える(細胞周期のサイクルを止める)。
今回は前説と言うことで、ここまでとします。次回は、このような知識を踏まえて、この富士フイルムの特許が、幹細胞の細胞老化に対し、どのようなアプローチをとっているのかを見ていきたいと思います。
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