メラニンを運ぶ旅
今回は、SF小説や、ジブリ映画を見る感覚でお楽しみ頂ける回になりそうです。
前回は、メラノサイトでどのようにチロシンがメラニンになるのか、また、メラノソームというラグビーボールのような小胞の中でメラニンが蓄積されていることをまとめました。
今回は、メラニンでパンパンになったメラノソームを、メラノサイトの樹状突起の先端まで移動させるところまでをまとめたいと思います。このようなメラノソームの移動は「メラノソーム輸送」としばしば表現されます。
メラノソームは分子モーターと呼ばれるエネルギー(生体の場合では、生体エネルギーと称されるATP:アデノシン三リン酸になります)を動きに変換することができるタンパク質により、細胞骨格である、微小管という細胞内の線路のような組織を通り、細胞膜の近くにあるアクチンフィラメントと呼ばれる線路を通って、樹状突起の先端まで移動します。

『メラニン色素』の輸送メカニズムを解明 – 理化学研究所より
細胞骨格とは?
微小管や、アクチンフィラメントのようなものを総じて細胞骨格と言います。これらは細胞の形状を支え、機械的な強度を与えるものでもあり、また、細胞内輸送、細胞のシグナル伝達、および細胞分裂などに関わります。つまり、細胞内を支えながら、小胞やシグナルを運搬するための線路として機能する、インフラみたいなものなのです。
細胞骨格の種類としては
(1)微小管
(2)アクチンフィラメント
(3)中間径フィラメント
の3つがあります。

http://manabu-biology.com/archives/細胞骨格の種類
上の図は、細胞内の細胞骨格を示しています。図中、上から中間径フィラメント、微小管、アクチンフィラメントとなっています。
微小管は、細胞中に放射状にまっすぐに伸びる管、アクチンフィラメントは、細胞の周りにある細胞膜に存在し、ねじれひものような形態として、それぞれ表されます。
中間径フィラメントは、上の図からわかるとおり細胞内を張り巡らすように網目状に配置されているもので、細胞に強度を与えています。上皮細胞など、外からの圧力を受ける場所で発達しています。上皮細胞では以前記事にしましたケラチンフィラメント(ケラチン繊維)が有名です。

http://tamakoro.hatenablog.jp/entry/【医学部編入】生命科学講義・細胞の営み
上の図をみておわかりの通り、細胞内において、アクチンフィラメントは細胞の外側にある細胞膜の周りに存在し、微小管は中央から放射状に延びています。

https://www.open.edu/openlearn/science-maths-technology/science/tour-the-cell/content-section-4.2
上の図は、細胞骨格の構造とサイズを示しています。上から、アクチンフィラメント、微小管、中間径フィラメントです。
これらは、細胞の形を形作る、名前通り「骨格」としての役割もありますが、
・必要に応じて迅速に形態を変化させることができる
といった特徴があります。
特にメラニン輸送に関しては、微小管とアクチンフィラメントが関係しています。以下、微小管およびアクチンフィラメントについて説明してみたいと思います。
微小管とは
細胞中にある環状構造で、枝分かれのない中空の管です。直径は約 25 nmです。主にチューブリンと呼ばれるタンパク質からなっています。
チューブリンは、α-チューブリンとβ-チューブリンのそれぞれ1分子ずつからなるヘテロ二量体(ヘテロダイマー)が基本構成単位となっています。α, βチューブリンからなるヘテロ二量体が繊維状につながったものをプロトフィラメントと呼びます。図中の縦列につながったものになります。細胞中の微小管は、これが少しずれて螺旋状につながった13本のプロトフィラメントからできています。

https://bsd.neuroinf.jp/wiki/微小管
このチューブリンは方向性があり、付加(重合)しやすい側を+(プラス)端、解離しやすい側を-(マイナス)端と呼んでいます。
β-チューブリンには、グアノシン三リン酸(DTP)が付加しています。
グアノシン三リン酸(DTP)は、ヌクレオチドと総称されます。ヌクレオチドとは、塩基、糖、リン酸の部位を持つ物質です。ちなみに核酸(RNAとDNA)もヌクレオチドの構造になっています。

↑グアノシン三リン酸(DTP)

↑グアノシン二リン酸(GDP)
DTP、GDPの真ん中のアルファベットは、T: triphosphate、D:diphosphateを表し、リン酸の数を示しています。
β-チューブリンがα-チューブリンと結合して微小管に組み込まれると、β-チューブリンに結合しているGTPは、加水分解されてGDPとなります。GDPが結合しているβ-チューブリンの末端は、GTP結合型の末端と比べて脱重合、つまり解離しやすくなります。そのためβ-チューブリン側が反応のしやすさに関与しプラス端になります。
細胞内には、GTPの加水分解による変化とは別に、伸長を促進する因子と短縮を促進する因子の双方が多数存在しており、微小管のプラス端は絶えず伸長と退縮を繰り返しています。
伸長から短縮への相の変化をcatastrophe、短縮から伸長への変化をrescueといいます。この性質は動的不安定性(dynamic instability)と呼ばれています。

要するに、微小管は常に収縮と伸長を繰り返す、動的な構造を有する管である、ということです。
アクチンフィラメント
アクチンフィラメントは細胞の外側にある細胞膜の近くに存在する細胞骨格で、アクチンという球状のタンパク質が重合して、らせん状となり、アクチンフィラメントを形成します。
単量体のアクチン分子はG-アクチンといいますが、それが数珠状に重合したものをF-アクチンと言います。その2本のF-アクチンがより合わさって糸状になったものをアクチンフィラメントと言います。

http://motility-machinery.jp/?p=345
微小管はGTPとGDPの変化でしたが、アクチンフィラメントを構成するGーアクチンの一方の末端はアデノシン三リン酸(ATP)と結合し、その逆の末端は加水分解してアデノシン二リン酸(ADP)になったりして絶えず変化しています。モノマーになるとATPと結合して会合しやすくなり、ポリマーになるとATPはADPに加水分解され解離しやすくなります。
微小管と同じように、+側と-側があります。ATPが結合した側が+となり、こちら側が重合し伸張していきます。
メラノサイトが樹状突起を引っ込めたり出したりできるのはこのアクチンフィラメントの動的な変化のおかげなのです。下の図は、移動する細胞にできる、アクチンフィラメントによる仮足を示しています。

http://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/textbook/cellmove.htm
アデノシン三リン酸は、いろいろなところで出てくるので、下にまとめました。
アデノシン三リン酸(ATP)
ATPは、塩基:アデニン、糖:リボース、および3個のリン酸からなります。加水分解されてリン酸(PO4)を放出してアデノシン二リン酸になると、エネルギーが生じます。

↑アデノシン三リン酸

↑アデノシン二リン酸
例えば、動物の筋肉はATPに蓄えられたエネルギー(化学エネルギー)を、筋肉の収縮、つまり運動エネルギーに変換して動いているのです。そのため、ATPは生体の「エネルギー通貨」といわれています。

https://thealevelbiologist.co.uk/biological-molecules/atp/
このエネルギーは、下記に説明する分子モーターのエネルギー源となります。
ATP、ADPと、微小管のところで出てきたGTP、GDPは構造が似ています。どちらも加水分解してリン酸を切り離して、エネルギーを放出します。ATPが生体内の様々な生合成や輸送、運動などの反応に用いられるのに対し、BTPは主に細胞内シグナル伝達やタンパク質の機能の調節に用いられています。
分子モーター(モータータンパク質)
微小管やアクチンフィラメントなどの細胞骨格を通って、メラノソームなどを運ぶ分子のことを、分子モーター、またはモータータンパク質と言います。
これらはいずれも、アデノシン三リン酸(ATP)をアデノシン二リン酸(ADP)に加水分解する酵素です。この反応によって得られる化学エネルギーを力学的仕事に変換することでキネティックな動きが可能となります。しかも脚のような部分をもっており、二足歩行するように細胞骨格の上を動くのです。
微小管と関係する分子モーターには、+端に向かうキネシンと、-端に向かうダイニン、そして、アクチンフィラメントには、ミオシンという分子モーターがあります。

上の図は、微小管を「歩いている」分子モーターで、上がキネシン、下がダイニンです。分子モーターってなんかかわいいですよね!
+側は、細胞体から遠ざかる方向になりますので、順行性輸送、-側は細胞体へ向かう方向なので、逆行性輸送といいます。
細胞の中心から細胞壁付近までは、微小管は-から+となりますので、順行性輸送をするキネシンがメラノソームを輸送し、細胞壁付近になるとアクチンフィラメントのミオシンにメラノソームを受け渡し、ケラチノサイトに近い所まで輸送します。同時に、アクチンフィラメントは、ケラチノサイトに向けて伸ばされていきます。

http://news.livedoor.com/article/detail/8609515/
上の図は、アクチンフィラメントを通過するミオシンVaです。驚くべきことに、こんなやつが細胞内にいるのです。
ラピュタのロボット兵みたいですね。こんな↓

http://tkxr9e7xoz.seesaa.net/article/441268026.html
このような分子モーターは微小管やアクチンフィラメントの上を通って積荷を運ぶこととなりますが、上記で説明した通り、それらは絶えずcatastropheしたり、rescueしたりする動的な存在です。そのため、その通路自体が次の瞬間には消えていたり、違う場所につながっていたりするのかもしれません。SFみたい。
それってこういう感じなのかしら。
それにしても、細胞内にこのような二足歩行するタンパク質があり、動的に変化する通路があるということは驚くべき事です。このような不可思議な作用が脈々と積み重なることで、私たち人間の生があるのです。生きていると言うこと自体が神秘ですね。そこいら辺のへたな小説よりずっと面白く思われるのですが、みなさんはいかがでしょうか。
次回はついに、メラノサイトからケラチノサイトへメラノソームをエンドサイトーシスするところをまとめたいと思います。
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