セラミドと鏡像異性体のお話

前回は、セラミドにはいくつかの分類があり、スフィンゴシンと脂肪酸の違いにより12種類のセラミドがあるということをまとめました。
さらに、その由来によっても、人型セラミドと天然セラミド(動物性、植物性)があり、セラミド本来の機能を持つものは人型セラミドだけであることを説明致しました。

そして、セラミド自体の機能を持つ、つまり、

1.細胞間脂質においてはラメラ構造を形成し水分をしっかり保持する。

2.角質細胞においてはコーニファイドエンベロープのインボルクリンやロリクリンと架橋することで、角質細胞と強固に結合し、バリア機能を果たす。

といったような人型セラミドを合成するにはいくつかの条件がある、ということでした。

今回は、その人型セラミドに必要な条件をまとめてみたいと思います。
結論から言うと、ヒト型セラミドというのは、セラミドと同一の基本構造をもち、かつ同一の光学異性体であるものを言います。

鎖の長さ

セラミドの構造として、まず重要なのは脂肪酸の炭素の長さになります。
肌バリアに重要な役割を果たすのは長鎖型のセラミドで、C20以上の脂肪酸でなければなりません。

https://www.saticine-md.co.jp/rd/furusato/2327

図を見ておわかりの通り、寸足らずの脂肪酸では、安定的なラメラ構造を形成することができないのです。

光学異性体とは

もう一つ重要な点は、光学活性を持つセラミドだけが、セラミドの機能を果たすと言うことです。

セラミドには、構造上、不斉炭素が2つあります。
下の図で言いますと、スフィンゴシン部分のOHの下と、NHの上の部分です。

不斉炭素とは、異なる 4 つの原子または置換基に共有結合している炭素のことを言います。
Cには結合の手が4つありますが、この部分では全てのCの結合の手に異なる原子団がついています。上の図ではHが省略されていることをお忘れなく。

下記は不斉炭素を端的に表した図です。

https://kimika.net/y1iseitainbunrui.html

不斉炭素があると言うことは、化学式が同じであっても、その三次元的な配置が違うために、別の化合物となってしまう場合があります。

どういうことかを説明するために、例えば、乳酸の例を見てみましょう。
二つの乳酸は、どちらも同じ化学式を持ちますが、構造が若干違っています。
これらは、あたかも鏡に映ったもののように見えるため、鏡像異性体と呼ばれます。

下の図の灰色のところを鏡として見てください。YとW(乳酸の図で言うと、HとOH)が鏡に映ったような図になっています。そして右の乳酸と左の乳酸を重ね合わせようとすると、構造的にできないことがお分かり頂けると思います。

これらの鏡像異性体は、(+)-乳酸、(-)-乳酸として区別されます。
乳酸はサワークリームにも、疲れたときに筋肉などで生成される物質にも含まれますが、同じ物質であっても、サワークリームにはどちらも含まれ、筋肉組織中には(+)のみが含まれる、といった違いがあります。

この鏡像異性体というのは、旋光性が違う場合、それにより物質の性質も違ってくるということから発見されました。
自然光はそもそも、進行方向に対して上下左右のさまざまな角度の振動面をもっています。その内、一つの平面内にのみ振動する光があり、それを直線偏光といいます。そして、この直線偏光の光を物質中に通過させると偏光面の角度が回転してしまうという性質をもつ物質があり、そのような性質を旋光性といいます。

https://www.jp.tdk.com/techmag/inductive/200710/index.htm

乳酸の(+)と(-)は、右回りの旋光性(右旋性:+)と左回りの旋光性(左旋性:-)のことを意味しています。そのため、鏡像異性体は、光学異性体とも言います。

鏡像異性体の身近な例としては、手です。皆さんの両手を手のひらを下にして(上でもいいですが)、まじまじと見てみてください。それは鏡でみた像と同じように、同じ形ではあっても、決して重ね合わせることはできません。そのため、鏡像異性体は対掌体ともいいます。

アミノ酸の鏡像異性体

ちょうどわかりやすく手のひらのイメージがありましたので、使わせて頂きましょう。

https://www.ajinomoto.co.jp/amino/manabou/kuwashiku1.html

上の図は、グルタミン酸を示しています。

アミノ酸について以前書きましたが、アミノ酸も不斉炭素があります。
アミノ酸は、Cにアミノ基、カルボキシ基、水素及び炭化水素基を有する構造ということでした。

そのため、昆布のうまみ成分でおなじみのグルタミン酸にも鏡像異性体が存在します。

アミノ酸は特に、アミノ基、カルボキシ基、水素及び炭化水素基がどのように配置しているかで、しばしばD体とL体と表示されています。

上記の官能基が炭素の周囲に時計回りに配置していればD体で、反時計回りに配置していれば、L体です。

発酵により生成されたアミノ酸はL体のみですが、化学合成で生成するとL体とD体が混合したものとなってしまいます。
面白いことに、L体のグルタミン酸ナトリウムはうま味を感じますが、D体は昧が無くうまみを感じないそうです。人間の味覚であってさえも、構造がちょっと違うだけで全く別の物質のように認識されてしまうのです。

ラセミ体と医薬品

また、このL体とD体が同じ量ずつ混じったものをラセミ体といいます。
左旋光性の化合物と右旋光性の化合物のそれぞれは光学活性なのですが、それらが等量ずつ混じることで、互いの旋光性を打ち消し合ってしまうのです。そのため、ラセミ体には光学活性がありません。

セラミドも同様に、化学合成で合成すると、どうしてもラセミ体のものができあがってしまいます。角質層にうまく納まって保湿効果を発揮するのは、光学活性のあるセラミドなので、光学活性のないセラミドは角質層にうまく納まりません。

つまり、合成で作ったラセミ体ではセラミドの機能を果たす事ができないということですね。

そのため、ラセミ体のセラミドは、現在は化粧品にはほとんど配合されていないようです。

https://ameblo.jp/rik01194/entry-11905764928.html

ラセミ体に関しましては、医薬品にとっては大問題で、左旋光性の化合物と右旋光性の化合物のうち、どちらかが薬として有用である一方、もう一方はよくない作用を及ぼす場合があります。例えば睡眠薬に使用されるサリドマイドがそうです。

化学合成によって作り出されたサリドマイドはラセミ体で、このうちD体を妊娠中に服用すると奇形の赤ちゃんを生じさせる作用があるのです。これは「サリドマイド事件」といって実際に日本でも被害者が出ています。

http://www.ach.nitech.ac.jp/~organic/nakamura/bigi.html

しかし近年、医薬品ではL体とD体を分離する技術、もしくは有効な鏡像異性体のみを合成する技術といったものも進歩しているということなので、この鏡像異性体にまつわる問題も解決されるのではないかと思います。

後者についてはこちらが参考になると思います。

https://www.jsps.go.jp/seika/2012/vol4_002.html

まとめ

以上をまとめてみます。

人型セラミドに必要なものは、
1.炭素数20以上の脂肪酸
2.光学活性のあるセラミド(ラセミ体でない)

ということになります。とくに2.のラセミ体ではない光学活性のあるセラミドを合成することは、現在の技術ではとても難しいと言えるでしょう。

次回もさらにセラミドについてまとめてみたいと思います。


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