前回は、3Dバイオプリンティングについて、動物実験の観点からまとめてみました。動物実験代替については非常に興味がありますので、また記事にしたいと思っています。
今回は、バイオインクの役割、細胞外マトリックスの重要性とアンチエイジングについてお話ししてみようと思います。
バイオインクと細胞外マトリックス
前回、バイオプリンティングというのは、3Dプリンターのインクがバイオインクに置き換わったようなものであるという説明をざっくりとしました。
バイオインクは、生きた細胞と、細胞外マトリックスを模倣した生体材料から構成されます。そのような生体材料というのは、ハイドロゲル系の生体材料であり、細胞外マトリックスが形成されるまで一時的に細胞を支持する役割を果たします。
なぜ、細胞外マトリックスを形成するために、それに模倣した代替物質を細胞に混ぜておく必要があるのでしょうか。
細胞外マトリックス(ECM; Extracellular matrix)というのは、生体内の細胞の周りにある、不溶性物質の非細胞成分です。生体内の細胞は、細胞外マトリックスの巣に埋もれてそのなかで生活しています。以前こちらの記事にまとめました。
実際には、血管から運ばれる水分や栄養は、一旦この細胞外マトリックスに貯められ、必要に応じて個々の細胞に供給されます。また、細胞からの老廃物も、細胞外マトリックスに排出され、その後毛細血管に運ばれます。細胞外マトリックスは、細胞の活動に必要なものだということが言えるでしょう。
その主な成分としては、コラーゲン、ヒアルロン酸、さらに細胞接着分子であるフィブロネクチン、ラミニンなどといった繊維状タンパク質、およびその繊維状タンパク質の間を満たす糖タンパク質、プロテオグリカンなどで構成されています。
以下、細胞外マトリックスがバイオインクにおいてどのような働きをしているのかを説明したいと思います。
細胞の足場依存性
生体から分離した細胞というのは、単独では増殖したり、生存したりすることができません。細胞同士、または細胞外マトリックスと付着した状態でないと、増殖することもできず、その上アポトーシスとよばれる自発的な死のプログラムを作動させ、死滅してしまいます。
培養皿で細胞を増殖させる場合も、培養皿に接着しない浮遊細胞は死滅しますが、接着した細胞は増殖することができます。細胞が接着するための場所を足場といいますが、このような現象を細胞の足場依存性といいます。

バイオインクにおいては、細胞だけではアトポーシスにより死滅してしまうため、足場として細胞外マトリックスを模したものが含有されているのです。
細胞外マトリックスは、これまではただの細胞と細胞の間を満たすだけの「つめもの」として見られてきました。しかしながら、実は、接着を促したり、増殖や、幹細胞の分化を支援する信号を細胞内に伝えるという重要な役割を果たしているということがわかってきました。
その働きに対し、細胞は、細胞膜にあるインテグリンや、増殖因子のレセプターである増殖因子受容体で細胞外マトリックスからの信号を受け取って、アポトーシスすることなく足場に接着したり、増殖したりすることができます。このように、細胞外マトリックスは、栄養や老廃物の物質の輸送だけでなく、細胞の接着、増殖、分化を支援するのにも不可欠な物質なのです。

つまり、多細胞生物というのは、細胞と細胞外マトリックスが接着することで、細胞は自らの存在している環境を感知し、それに応じて、増殖するのか、自殺するのか、あるいは幹細胞の場合は別の種類の細胞に変化するのかを決定することができるのです。
このような機能は、単細胞である真核生物の酵母には見られないことだそうです。細胞が多細胞に進化し、様々な機能を有するように分化することによって獲得したものなのかもしれませんね。
ECMとアンチエイジング
また、細胞外マトリックスは細胞増殖を促す機能がありますので、皮膚再生や、アンチエイジング効果も期待されています。
細胞外マトリックスにはコラーゲンやヒアルロン酸、プロテオグリカンなどが含まれているということでしたね。
コラーゲンやヒアルロン酸については以前にまとめています。私たちのお肌の奥深くにある真皮は、コラーゲンという繊維状のタンパク質とそれをつなぎ止めているエラスチンの間を、ヒアルロン酸が満たしているというものでした。
細胞外マトリックスには、コラーゲンやヒアルロン酸が含まれていますので、肌に良い効果をもたらすということは想像に難くありませんね。そのため、細胞外マトリックス=ECMの効果に注目したドリンクなども発売されています。
それ以外の成分、プロテオグリカンは、コアタンパク質にコンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸といったグリコサミノグリカンと呼ばれる糖鎖が共有結合した糖タンパク質です。「プロテオ」はタンパク質を、「グリカン」は多糖類を意味しています。
上記の図を見てお分かりの通り、糖というのは多くのヒドロキシ基(-OH)などの親水基をもつため、水をたっぷりと保持してゲル化することができます。プロテオグリカンは、グリコサミノグリカンという多糖を多数有しているので、多量の水を保持することができます。そのため保湿にも効果があります。

また、プロテオグリカンのタンパク質には、EGF様作用があることが確認されています。上の図の下の部分をご覧下さい。
EGF(Epidermal Growth Factor)とは「上皮細胞増殖(成長) 因子」と呼ばれ、細胞の成長や増殖の調整に重要な役割を担う要素のことです。そのため、プロテオグリカンは保湿のみならず、細胞の成長および増殖を促す作用もあり、肌の再生や老化による細胞増殖の低減に対して効果があるということが言えます。
プロテオグリカンを美容液にした商品もすでに多数販売されています。プロテオグリカンはヒアルロン酸の130%の保湿効果があり、細胞増殖を促すため、しわの改善にも効果が認められています。また、プロテオグリカンはもともと肌の成分であるため、べたつかず、すっとなじむように肌に浸透するとのことです。
今週のまとめ
今回は、バイオプリンティングのバイオインクに欠かせないECMこと細胞外マトリックスについてまとめ、その細胞の成長・増殖を促進する機能から、アンチエイジングにも効果があるということをまとめてみました。
次回も、バイオプリンティングについてまとめようと思います。
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