前回は、富士フイルムの特開2018-52879から、アスタキサンチンにより除去される活性酸素についてまとめてみました。
今回は、そのアスタキサンチンがどのように活性酸素を除去するのかを、アスタキサンチンの構造から、それに由来した化学的、および物理的作用についてまとめてみようと思います。
アスタキサンチンの抗酸化作用
アスタキサンチンは、カロテノイドの一つであり、そのうち炭素や水素原子意外に酸素を含むキサントフィルの仲間です。
キサントフィルの仲間には、目のサプリで有名なルテインなどがあります。

ルテイン
前回によると、カロテノイドには、炭素と水素原子のみで構成されるカロテン、炭素や水素原子に加えて酸素原子を含むキサントフィルがあるということでした。アスタキサンチンは、酸素を有するのでキサントフィルに該当します。

また、O(酸素)というのは不対電子をもっているということでしたね。そのため、酸素を含むキサントフィルはカロテンよりも反応性が高いということが言えるでしょう。
アスタキサンチンの抗酸化作用の種類としては、
2.脂質過酸化の抑制
の2種類があげられます。
1.の一重項酸素については前回まとめました。
通常の基底状態の三重項酸素では、外側の開いている軌道に電子が一つずつ入っていますが、紫外線などの強いエネルギーを受けると、片方の電子スピンが反対になり、しかもそれが片側に収まってしまったものが一重項酸素になります。

2.の脂質過酸化反応について触れておきましょう。

生体内の細胞膜などに存在する脂質(LH)は、活性酸素の一種であるヒドキシルラジカル(・OH)に触れられると、電子を奪われて不対電子を持つようになります。そこからさらに水素原子を引き抜かれると、脂質ラジカル(L・)が生成されます。
生成された脂質ラジカル(L・)は、これまたラジカルをもつ酸素分子(O2)と結びつき、脂質ペルオキシルラジカル(LOO・)となります。
脂質ペルオキシルラジカル(LOO・)は、他の脂質(LH)と反応して水素を引き抜き、自らは脂質ヒドロペルオキシド(過酸化脂質:LOOH)となり、同時に、新たに脂質ラジカル(L・)が生成されます。
この脂質ラジカル(L・)が、酸素分子(O2)と反応して脂質ペルオキシルラジカル(LOO・)となり、他の脂質(LH)と反応して、過酸化脂質LOOH)と新たな脂質ラジカル(L・)が生成される…といった反応が、連鎖的に繰り返されます。
このように、活性酸素やフリーラジカルが細胞膜に触れると、連鎖的過酸化反応を開始して細胞膜に障害を与えることとなります。つまり、過酸化反応というのは、細胞膜で繰り広げられる、ラジカルによる風船時限爆弾ゲームみたいなものと言えるでしょう。
それでは、アスタキサンチンがどのようにしてこのような2つの作用を実現するのかを、構造式を見ながら説明したいと思います。実はこのアスタキサンチン、酸化作用を発揮する部位がなんと3ヶ所もあるのです。
以下の丸で囲った部分になります。すなわち、
2.中心にある、共役ポリエン
になります。

化学的にラジカルを消去する、ヒドロキシル基とケトン基
ヒドロキシル基は酸素に水素が付加したOHをもつもののことです。一方、ケトン基とはカルボニル基(>C=O)の>の両端に付く原子がどちらも炭素であるものです。
ちなみにカルボニル基の仲間には、ケトン基以外に以下のものがあります。

酸素分子は、2個の不対電子を有するものであり、つまりラジカルをもつものでしたね。物質は安定するために、不対電子を埋めようとする性質があります。
ヒドロキシル基、ケトン基にはそのような酸素が付いています。そのため、逆にラジカルを捕捉し、無害化することができるのです。
つまり、1.の脂質過酸化のラジカル風船爆弾ゲームを止めるのが、このアスタキサンチンの両側に付いているヒドロキシル基、ケトン基になる、ということです。
それにしても、酸素が活性酸素となり、他の物質の電子を奪う一方で、できたラジカルを捕捉する側にも酸素を用いるというところが面白いですね。
物理的に一重項酸素を除去する、ポリエン
今度はポリエン部に注目してみましょう。ポリエンというのは、分子内に多数の二重結合をもつ炭化水素のことです。主に天然の植物のカロテノイドに含まれており、動物の体内で生成することはできません。
実はこのポリエンによって1.の一重項酸素が消去されるのです。
原子と原子との間は、以下のように絶えず伸縮するバネのようなものでつながれています。

そして、その原子間の結合部分が、一重項酸素を受けるとブルル、と振動します。そしてその振動は、摩擦による熱に変換されて外部に放出され、一重項酸素のエネルギーを基底状態の三重項状態に戻します。
つまり、ポリエン部分が励起エネルギーを受け取り、酸素を安定な基底状態の三重項状態へ戻し、そしてその受け取った励起エネルギーは、ポリエン部の原子間の収縮運動により放出される、ということなのです。

このようなポリエンの物理的作用によって、有害なラジカルの一重項酸素が、普通の酸素である三重項酸素に変換されるのです。
アスタキサンチンの細胞膜内での働き
アスタキサンチンは、両端にあるヒドロキシル基を細胞内外膜の表面(親水性部分)に配置しているため、細胞膜に対して直角となる形で存在しています。
生体はほぼ水分でできているため、細胞膜は、リン酸脂質の疎水部分の尾部を内側に、親水部分を外側に向けて並んでいます。

ヒドロキシ基は親水基であり、細胞膜の外側には親水性の部分がありますので、アスタキサンチンの両側の部分と、細胞膜の外側は、お互いなじみやすくなっているのです。
この配置により、アスタキサンチンは細胞膜の中心部と膜内表面部の両方で抗酸化力を発揮することができるというわけです。なんだか頼もしいですね。

また、脂質過酸化反応においては、アスタキサンチンのほかに、ビタミンE,ビタミンC,β-カロテンなどが細胞膜を連鎖的過酸化反応から守るために体内で働いています。
ビタミンEとCの働き
ビタミンEは、脂溶性ビタミンのひとつであり、4種のトコフェロール(α:アルファ、β:ベータ、γ:ガンマ、δ:デルタ)と 4種のトコトリエノール(α:アルファ、β:ベータ、γ:ガンマ、δ:デルタ)の合計8種類の化合物を総称したものです。


輪の部分はクロマン環といい、クロマン環についている尾部に二重結合が付いているものがトコトリエノールです。
ビタミンEは脂溶性であるため、細胞膜の脂質部分である内側の部分に存在しています。ラジカルによって細胞膜に脂質ペルオキシルラジカル(LOO・)が生成されると、自らの電子をラジカルに与えて酸化し、ビタミンEラジカル(VE・)となり、脂質の連鎖的過酸化反応を停止させます。
酸化したビタミンEは、ビタミンCから電子をもらい、つまり還元されて再び抗酸化作用のあるビタミンEに再生されます。

ビタミンEは、若返りのビタミンとよく言われますね。それはこのような活性酸素やラジカルの除去能に由来するものなのです。
今週のまとめです。
1.一重項酸素の消去
アスタキサンチンのポリエンにより、一重項酸素を三重項酸素に変化させる(物理的作用)
2.脂質過酸化の抑制
アスタキサンチンのヒドロキシル基とケトン基により、ラジカルを消去する(化学的作用)
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